「ものづくりの理想郷」への道のり

平和酒造山本典正のブログ

平和クラフト始動⑦

「専務、ビールが凍結してます!」

青ざめた表情で高木さんが私に叫んだところまでが前回でした。

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この凍結はなぜ起こったのか。専門家に見ていただいてわかったのは、その醸造機械の内側にはマイナス20℃くらいまで下がる冷媒がついていることです。

冷却が機能するのが幅10センチほどの部分だけだったということ。
つまり、本来ならば全体的に均一に冷やさないとならないのが、部分的にしか冷えない機械だったということがわかったのです。

凍結の問題は、その後しばらくはついてまわりました。
さまざまな工夫をしてカーボネーション(二酸化炭素を吹き込む作業)できるような温度まで下げようとしましたが、どうしてもうまく温度をコントロールすることができず何度も凍結を繰り返しました。
とはいえ、そんな出来の悪いビールでしたが、廃棄するわけにもいきません。
まずはお客さんの評判を聞いてみようじゃないか、ということになりました。
ビール醸造を始めたのが夏で販売は開始できずにいましたが、その秋(2年前)から並行して、イベントへの出展は始めました。
お客さんの反応を聞いてみようというわけです。
「いよいよ我々もビールの舞台に立つんですね」と、イベントへの出展を果たし有名ブルワリーと一緒にブースを出せることに高木さんは小躍りして喜びましたが、私はまだそのような気分にはなれず、「いやいや、売るわけじゃない。マーケティングリサーチにすぎないんだから」と。
実際、イベントでの評判はそこそこよかったのです。
しかし、出品できないようなビールも一部のビールで出始めました。、少し酸の香りがするビールが出てきたのです。
調べてみるとビールの中に混入した乳酸菌が原因でした。
乳酸菌は体への悪影響はありませんが、ビールの風味をそこねる菌です。
ビールには入ってはならないのです。
なぜ乳酸菌が入ってしまうのかを詳細に検証したところ、タンク内の容量をチェックする装置のパッキンが壊れていて、その隙間から混入したらしいということがわかりました。
高木さんは、ビールを醸造をするたびに、ビールのイベントに出るたびに、「醸造機械を買い替えたい」と訴えてきます。非常に悩みました。
中古だけれども500万円もした機械です。使い倒したいと思っていましたし、ビールを1本も売っていないうちから醸造機械を買い替えるなんてとても考えられません。 
醸造機械は大きく三つに分けられます。一つはモルトから麦汁を作る機械、二つ目は発酵と熟成をするタンク、あとはビールを出荷するときのたるであったり瓶詰めの簡単な装置です。
瓶詰めの機械はおもちゃみたいな機械で、本格的にやるなら買い替えなきゃならないとは思っていましたが、500万円のうちの半額くらいを占めるのが、問題の発酵・熟成のタンクです。
それを買い替えるということは、500万のうち250万をスタートの時点でパーにするようなものです。
さて、どうしたものか。
熟考に熟考を重ねた結果、買い替えるしかないと決めました。
クオリティが安定せず、作るたびに凍ったり乳酸菌が入ったりしているような機械では、とてもクラフトビールの世界では戦えない。
むしろイベントに出店するたびに他のメーカーのクオリティーに打ちのめされていて決意を強くしていたのは私でした。
なにより日本酒『紀土』やリキュールの『鶴梅』で美味しいものを作っていると
自負がある中で半端なものを出せないというプライドもありました。
この機械の欠点は、日々の努力ではとても補えないと確信をしたのです。  
恐る恐る社長に「悪いんだけど、発酵熟成タンク買い替えたいんだよね」と伝えると、「だめだ」と。
「いや、もう決めてるから」と返します。
「何を言っているんだ。まだ1本も売っていないぞ」
「買い替えるのはいいが、いつ回収するんだ」矢継ぎ早に返答が返ってきます。
当然です。しかし一度決めたら、あとには引かないのが私の性格です。
「回収はいつになるか、わからない」
「なんでだ」
「いいビールができたと確信がもてないと売れない。それがいつになるかわからないから」
「そんなところにお金は出せない」
「出せないんであればもうビール醸造はできない」
すったもんだがありましたが、結局、社長を説得して醸造機械を買うことになりました。
高木さんに伝えると、彼女はしてやったりという顔をしていました。
機械が届くと、新しいおもちゃを手に入れた子供のように喜ぶ高木の顔を見るたびに、
私はまたしても複雑な顔になったのでした。まだ1本も売っていないんだよなと……。
  
ここで一つ、高木さんの名誉のために、新しい機械をただ欲しがって待っていただけではないということを加えておきます。
ビールの機械を新しく買い替えるまでに1年近くかかりましたが、はからずも、ものづくり補助金という政府の制度を受けることができました。
1500万円以上の機械に投資した場合に1000万の補助金を受け取れるという制度です。その申請が通ったのです。高木さんが全てやってくれました。
何に使ったかというと瓶詰め機械の購入費です。中古で買ったおもちゃのような貧弱な瓶詰め機械はどうしても買い替える必要がありました。
「2000万円の機械を買うために補助金を申請してよ」と高木さんにお願いしたのです。
その結果、申請が通って補助金を受け取ることができたのです。
彼女の作成した申請書がよかったのかもしれません。
ただし、こちらも一部の補助でしかなく新たな出費にはつながったのですが。 

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【平和クラフト始動⑧】に続く
新しい発酵熟成タンクの写真と新しい瓶詰機械の写真